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今日は普通の日記
【その他日記なネタ】

先日、光市母子殺害事件の判決が出て、ニュースで大きく取り扱われていました。
事件当時は、私は同じ山口県下にいたので、とてもよく覚えている事件です。

判決後に、記者が記者会見の場で
「死刑判決の敷居が下がることになったわけですが・・・」
とか言っています。
個人的に、こんな発言が出るのがとても信じられません。
本来、裁判というのは、加害者に対してその罪に見合った罰を与えるための場です。
確かに、過去の判例を「参考」にはするのでしょうが、加害者が何を行ったのか?どのような被害を出したのか?どれだけの影響を与えたのか?etcを元にして判決というのは出されるべきでしょう。
裁判に関するTVニュースを見るといつも思うのですが、検事も弁護士も自分の主張を通すことしか考えていないように思えます。
如何にして自分の思う通りに事を進めるか?そこにばかり執着していて、事件を見ていないように感じるのは私だけでしょうか?
まるで逆転裁判(というゲームがあります)を見ているように感じてしまいます。
上のような発言が出るのは、世間の風潮として裁判に対する認識がずれてきてしまっている表れではないのかと危惧しています。

裁判における正義とは一体何なのでしょうか?
来年から裁判員制度が始まりますが、今一度よく考えなければいけないのでないでしょうか?

裁判員制度の詳細はこちら(Wikiより)
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テーマ:雑記 - ジャンル:日記

【2008/04/24 12:18】 | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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